◎第1回 SADISTIC CIRCUS

『エルちゃんも行きたいって言ってるから、一緒に行きませんか?』って、閨秀画家のケイちゃんに誘われたから、じゃあ都合が付けば行こうかな、くらいの気持ちでいたのが、当日になって、彼女たちがドタキャンになった時には、ぼくはもうすっかり一人でも行くつもりになっていた。ちょうど精神的に行き詰まっていたので、気分転換がしたくなったのだ。そして、20時には、東京行きの のぞみ の乗客となっていた。

本日の催しのタイトルは " SADISTIC CIRCUS " 。
メールやフライヤーの案内では、SMという以上に見世物小屋だの禁断のサーカスだのといった、いかにもいかがわしげな風情を醸していて、また主宰者の熱も伝わってきて、まあ、それなりには楽しめそうだな、と思った。

SM、フェティッシュ系のイベントは、いくつか見てきた。大箱を会場にしたのでは、円山町のクラブ・エイジアで見たのは、あんまり面白くなくて、途中で出てきた。ミラ狂美なんかが出演してたけど、ちょっと子供向きの内容だったので、10代なら楽しめただろうけど、人生の下り坂に差しかかった人にはちょっと、ね。代官山のクラブ、F・L・W でAZZRO が催した DISCIPLINE GYM は、ドレス・コードがあったから、ぼくは美輪明宏のステージ衣装をデザインしていた友達が作ってくれた蛇革のベストを皮のパンツに組み合わせて、気合いを入れて行ったっけ。あのころ、四谷にあった AZZLOはとてもかっこいいボンデージ・ショップだった。山崎シンジ&ユミの美意識が表現された、とんがったお店だった。そこに行くこと、いることが、楽しみであるような空間だった。

コクトーの翻訳者として高名なあるフランス文学者の娘さんの手引きでは、密かな愛好家のサロンに連れて行かれた。あるアナル・マニアの男性は、2人の愛人のアナル拡張に情熱を傾けていた。彼は自慢の愛人たちを人目に曝すことにも喜びを感じているようだった。そして、愛人たちも晴れがましく凛々しかった。ところで、その日、愛人の直腸には2本のポカリスエットが、入っていたっけ。また、別の日には、その頃渋谷で、タトウとピアッシングの先駆者だったM氏の吊るしを見た。その頃のエピソードも色々あって、懐かしいが、きりがないので、今日はもう触れない。でも、ご参考までに、その頃のスナップをお見せします。


話を戻して、2005年7月17日へ。22時には、大江戸線麻布十番を出てすぐのクラブ WAREHOUSEについた。地下への長い階段を降りて行く。地下2階分以上降りて行く。つまりそれくらいの天井高のある空間である。こんな地下の空間では、ピラネージの地下の牢獄に紛れ込んだ空想をして、その視点から廻りを眺めると、もっと楽しめる。だって、現実の空間は、所詮今風におしゃれなしつらえをした若者向けのはやりのクラブでしかないのだから。たくさんのお客さんの間をすり抜けて、まずはバーでアルコールだ。

GIN& TONIC を片手に、会場をひとまわり探索する。
いかにもの黒いコルセットの女王様や、ゴスの娘や、あか抜けない娘や、腹の出たおじさんや、この暑いのにゴムのマスクを被って嬉しげな内気そうな少年や、まあ、いろんな人がいる。ステージの前の本来はダンス・フロアであるところに、観客がたくさん体育座りをして、ショーの始まりを待っている。ご苦労なことである。トイレに立つ他は、5時まで座りっぱなしの人もいたかもしれない。
やがて、ショーが始まった。最初の出し物は、なぜか覚えてない……記憶の欠落? それとも見てなかったのかなあ。
2番目は ANDOROIDO SISTERS 。3人のふくよかでエロいお姉さんたちのエキゾチックなダンスだった。
3番目は abe"m" ARIA 。これはペヨトルの今野さんの演出。体格のいい男と、痩せているけど骨格はしっかりした女のふたりが、暴力的に踊りまくる。壊れた自動人形の痙攣的な舞踏。

そこまで見て、軽く何か食べておこうと思って、ぼくは外出する。麻布十番商店街を抜けて、六本木ヒルズの本屋と24時間営業のスーパー(さりとて、そんなにお客がいる訳でなく、あまりにもクールな空間、さっきまでいた所と対照的な)を通り抜け、芋洗い坂を抜けて、結局六本木で、ざるラーメン。一人では、そんな食事になってしまうのが落ちだね。

また、戻る。会場は盛況のまま、体育座りの人たちは座ったまま、みんな熱心というのかおとなしいというのか、真面目にステージを注視している。一言でSMというが、その世界の幅はひろい。伊藤晴雨の遺鉢を継ぐ古典(?!)的なマニアから、最近はコンテンポラリー・アートの領域に到達している。

今回は、その両方のパフォーマンスを見ることができたのが良かった、と思う。
早乙女宏美嬢の『切腹無惨・嗚呼! 大和撫子 ハラキリ ショー』や、明智伝鬼 と京城夢路の 『涅槃幽玄の和風緊縛 ショー』は、そんな伝統的なSMプレイで、例えばパリなどで公演したら、山海塾なんかより、評判を呼ぶだろう。明智先生のスピーディーな演技は、フランス人を魅了するにちがいない。日本的情緒もたっぷりだから、日本のエロティシズムを理解してもらうのに、ちょうどいいと、思います。

でも、今回、ぼくにとって印象に残ったのは、ひとつはルドルフと素敵なゲロ娘による『イケメン外人の嘔吐オーケストラ』で、ステージにスリップ姿の150cmくらいの少女を3人立たせて、外人ルドルフの合図でいっせいに少女たちが飲み物を飲み、次の合図で、こんどは、手を喉に突っ込んでいっせいに嘔吐を始める、という行為を何度も繰り返す、単純なパフォーマンスで、シンプルであるが故の美しさもあった。世の中にはいろんな性癖の人がいるけれど、足フェチやスカトロジーと同じように、嘔吐や吐瀉物に惹かれる人もいて、Sの女性がMの男性に向けて嘔吐したり、Sの男性がMの女性の口に手やペニスを突っ込んで、無理矢理嘔吐させる、そんなAV作品さえ販売されているのだから、その分野のマニアも相当いるのだろう。でも、今回のパフォーマンスにはフェティッシュな趣はあまりなく、飲食に対する嘔吐という行為そのものから、何事かを考えさせる現代アートであった。

もう一つ感心したのは、ゴキブリ コンビナートという劇団(?)によるパフォーマンスだった。
今回の出し物の中で、最初、最も観客は引き、しかし最も惹かれた見世物だっただろう。全裸の男が2人出てきて、導尿カテーテルを尿道に突っ込んで、お互いのおしっこを交換しあったり、そこに女性も一人加わって、長い鎖を鼻孔から入れて口腔からだしていって、3人とも同じ行為でその鎖で連結したり、そしてクライマックスは、長い長い針金を取り出したと思ったら、一人の男がそれを自分の頬に突き刺して、中に押し込んで行き、反対側の頬を突き破って、貫通したその針金を、今度はもう一人の男の両頬に貫通させ、そしてさらに、女性の頬にもブッ刺して、要するに一本の針金が、3人の両頬を貫通している状態で、しかも3人は動き回っているので、さらに痛みはすごかっただろうが、それを団子三兄弟と称して、笑いを取っているのが、なんともすごかった。観客もキャーキャー言って、一番のリアクションだった。19世紀以来、タイのある地方の、道教のお祭りでは、ほっぺたに、鋭利な刃物ばかりか、水道管やら、傘の柄やら、ありとあらゆる物をブッ刺して、練り歩く、という恐ろしいものがあるが、やっている人たちは、トランス状態になっていて、通常の痛みの感覚は乗り越えているらしい。でも団子三兄弟はどうだったのだろう。凄い覚悟だ。こんなことをギャグでやってしまう所が、また凄い。そして、偉い。

現代アートでは、身体への関心がとても高くなってきているけれども、その中には、人体改造や人体破損もふくまれる。恐ろしいアートだけども、僕たちはそれを直視する必要があるだろう。20世紀は、今振り返ってみると戦争の世紀だった。21世紀は今のところ、もっと悪くなってきている。僕たちは、もっともっと、自らを知らなければならない。ひょっとしたら、一人の人間の身体の中にすでに戦争の萌芽が隠されているのかもしれない。今回のイベントにたくさんの若い人たちが集まったのは、SMを通じて、より深く自分を(人間を)知りたいと思う気持ちによるものだろう。
 
5時過ぎにサディスティック・サーカスは終了した。クラブから地上に出ると、もう明るい。夏の早朝は爽やかだ。ぼくは6時発の、のぞみに乗って、家路に就いた。