◎第3回 2005年10月6日の日記
10月5日の午後、エムちゃんを誘って、エムちゃんの運転で横浜に来ました。夕方の元町では、ポツリ、ポツリと降り始めた雨の勢いがだんだん強くなって来たけれど、やがてやみました。カッチャンやヤスジさんとも合流して、中華街に行って、大通りの潤ちゃん推薦の有名店でとりあえず上海蟹をたべました。紹興酒もたくさん飲みました。その一軒ですでに満腹になっていたのに、エムちゃんがおすすめの店があるというので、もう一軒いきました。路地の小さくてきたないお店でした。ちょうど一席空いていましたが、僕たちが座った後から、お店の前に行列ができました。また、紹興酒をたくさん飲みました。そのあとエムちゃんは、名古屋に帰った模様です。ぼくは、カッチャンが寂しいと言うので、いっしょにニューグランドに泊まることにしました。そこにK夫婦がやって来て、3次会が始まりました。
そんな夜の翌日でした。遅い朝、みんなと、お茶をしてから、ひとりで山下公園を横切って、トリエンナーレの会場に向かいました。
期間中は、横浜の街のあちこちに作品が設置してあって、メイン会場よりも、日常の空間に置いてある作品の方が、面白いかもって、K夫婦は言ってたけど、ぼくは、取りあえず、メイン会場に入りました。
そこはちょうどヴェネチア・ビエンナーレのアルセナーレ会場を思わせるような、埠頭の倉庫でした。もちろん古い造船所の跡であるアルセナーレと比べたら、ずうっと小規模で、風情のかけらもないところでしたが。
いくつかは、印象に残る作品もありました。とくに、ぼくは疲れていたせいか、照明が落とされて、全体が暗い暗室になったような、4Bの会場にあった、光るブランコに癒されました。しばらく、ぼくは乗って、揺られていました。ヴォルフガング・ヴィンターとベルトルト・ホルベルトの作品でした。
また、高嶺 格の作品も詩情漂う作品で、こんな装置で、ブルトンやロートレアモンの詩を読むことが出来たら良いのになあって、思いました。
チェン・シャオユンのヴィデオ作品は、若いなあ、という感じ。そして、こーゆーの、見たことある、って感じ。でも、まあ好意的に見ましたよ。
ま、全体的に、どこそこで見た作品に似てるなあ、とか、こーゆーのよくあるよねってゆーよーな作品が多かったかなあ。
そんな中で、一番、素晴らしいと思ったのは、照屋勇賢の作品なんです。最も日常的で、すぐに棄てられしまうような、街角のファースト・フードやグローサリーの空き袋を、ただハサミかナイフで切り抜いただけで、袋の中に、青葉茂れる樹木を現出させてしまう。人間の勝手な理由で伐採された樹木の成れの果てである紙から、樹木の美しいイリュージョンを、手品のように作り出す。それは、嗚呼、なんという手腕なんでしょうか! 最高に脱力しているようにみえるけど、ちょっとした職人技。批評的で詩的。インスタレーション的で、はかない素材ですが、作ろうという作家の意志があれば、いつでもどこでも作れそうだけど、誰にでも出来るわけではない。う〜ん、感銘しました。
ぼくは、展覧会のカタログも美術手帳の特集号も本来資料としては買っておきたいところなのに買う気になれないまま、会場を出ました。さて、横浜から東京までは、ずいぶんと近くなりました。中華街から渋谷まで直通なので、とても便利で早いです。渋谷からバスで、麻布十番に行きました。東京でバスに乗るのなんて、何年ぶりでしょうか。いつか暇ができたら、あちこちの路線に乗ってみたいなあ。などと思う暇もなく、さっさと仕事を済ませて名古屋に戻るともう夜です。
ぼくは千早のK.D JAPON(ハポン) に行きました。8時をとうに過ぎて、もうとっくに演奏は始まっています。今日の出演は、スイスのローザンヌからやってきた、KOCH-SCHUETZ-STUDER TRIO です。バンド名が、そのまま彼らそれぞれの名前をただ繋げただけというところからも、彼らのセンス=思考の方向が示される気がします。聞くところによれば、世界のあちこちでさまざまなアーチストとセッションをしているそうですが、彼らはいくらでも KOCH+SCHUETZ+STUDER+TOYOHIRO OKAZAKI+?+?+? というようになっていきます。つまり、(彼らトリオ)+誰それ、というのではなく、あくまでもKOCH個人+SCHUETZ個人+STUDER個人+また別の個人、というような繋がりになるのではないでしょうか。それほど彼らは、人間はお互いに自由で自立した個としてあることを徹底しているのだと、ぼくには思われて、その水平性に共感しました。
ローザンヌは、何年か前に、一度だけ立ち寄った記憶があります。ミラノからフランクフルトまで、クルマで行く用事があって、その途中、一泊したのです。初夏で、日が永く、夕食後、青みがけた空気のなかを散歩しました。ぼくの記憶では湖に向かって、坂道になった街でした。ぼくはホテルから、ぶらぶらと坂道を下って行きました。静かで涼しげな街だな、と思いながら。歩いている人もクルマも少ない街でしたが、湖まで来ると、明るくて、賑やかなところがありました。ルナ・パーク(遊園地のこと)でした。若い学生らしい男女が、笑いさざめいていました。それ以来、ぼくはローザンヌといえば、いつも青みのある夜空をバックに星のように冷ややかに輝くルナ・パークのイルミネーションを思い出してしまいます。

K.D JAPON に、足を踏み入れたのも、まだ2回目でした。前に来た時はもう5年くらい昔のことかもしれないな。その時も岡崎さんから誘われて来たのですが、出演していたアーティストたちもそれぞれ素晴らしく、空間も雰囲気もとても心地よく、気分がすごくよかったので、その記憶からの影響で自分も中央線の高架下に引っ越して来たのかもしれないなあ。K.D JAPON はヨーロッパの古い大学都市にありそうな作りと雰囲気の店ですね。バーカウンターでビールをもらうと、螺旋階段を登って、天上桟敷から、KOCH-SCHUETZ-STUDER の演奏を楽しみました。インプロヴィゼーションといっても厚みのある音の底には、やはり彼らの身体の底にあるヨーロッパの民族音楽的なものをぼくは感じてしまうのですが。彼らもこの空間に溶け込んでいて、とてもリラックスした感じでした。そこにプラス岡崎さん、またプラス山さんとなっていっても、最初から和んで調和した雰囲気でした。親和のインプロヴィゼーション。ぼくも心地よく和みの夜を過しました。
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