◎第4回 閉鎖病棟から 卯月妙子賛
松沢呉一という物書きがいる。わたしがいくらかのシンパシーを持って読み続けている唯一の物書きである。作家、評論家、エッセイスト、ライターなど、物書きの呼称もいろいろだが、松沢さんは、主にライターを名乗っているようだ。単行本も何冊も出版されていて、『大エロ捜査網』『熟女の旅』『鬼と蠅叩き』など、少年のような好奇心と軽いフット・ワークで主に性風俗のフィールド・ワークに取り組んでいる。その姿勢は、江戸の戯作者に通じるようにみえる。
かって、成田アキラの『テレクラの秘密』が出版された時、一読、眼から鱗が落ちる心持ちがしたのは、それまでのわたしがバタイユを読んで、観念的に人間の『エロティシズム』を理解していると、思い込んでいたのが、彼の漫画であっけらかんとセックスが謳歌されているのに、あらためて普通の生活とともにあるのがセックスであることに、思い到ったからだった。彼の漫画はサザエさん以来の庶民の漫画だ、とつくづく思ったものである。
三島由紀夫が、澁澤龍彦の業績を評価して、日本的な水平に広がっていくエロティシズムではなく、バタイユを援用する澁澤龍彦のエロティシズム探求は、垂直のエロティシズムだと言ったものだけど、わたしが15歳の頃から書物で親しんでいたそんな垂直のエロティシズムだけでなく、その時はあらためて日常的な水平のエロティシズムにも眼を開かれた思いがしたわけだ。
松沢さんの仕事も、成田アキラの漫画のように、現場から始まっている。
松沢さんは、日本中の風俗店で働く普通の女の子たちや熟女のお話を聞きながら、日本のエロティシズムや性風俗についての考察をすすめられているが、また各地の古本屋を廻って、性を巡る様々な文献も渉猟されていらっしゃるようだ。また、中野ブロードウェイで、タコシェというその界隈で唯一のぞいてみる価値のある本屋さんもやっているから、ぜひ、行ってみて下さい。
そんな篤実なエロスの研究家松沢さんにも、理解しにくい存在として卯月妙子が現れた。
彼女が最初にメディアに登場したのは、おそらくSMスナイパー誌上で、マニアの取材希望というふれこみだったような記憶である。レズビアンでSMのペアとして、しかもスカトロ・マニアで、ふたりがプレイしているところの取材だった。目線アリである。だいたい卯月さんがマゾとして、相方が脱糞したり、口から嘔吐したりするのを全身で受け止めていた。そして、その報告を記述していたのが、松沢呉一さんだった。心優しい松沢さんは彼女たちの行為にのけぞりながらも、彼女たちの行為の分析・理解に努めるが、卯月さん(その時は別名を名乗っていたと思う)の発言には、だいぶもどかしさを感じているようだった。卯月さんも韜晦の演技をしていたのだろうか、その役に陶酔していたのだろうか、それとも単に地だったのだろうか。それ以来かずかずのAVや専門誌に彼女は登場した。東北の出身らしい白い肌、スレンダーだけど骨張ってはいないでまろやかな死体じゃなくて肢体は、美しかった。丸みはあるけどしまった容貌には、一重の優しい眼にあどけない笑みが浮かんでいた。もしも目を整形してパッチリ・クリクリにしたら、町野変丸さんの漫画に登場するユミコちゃんにも似ているかもしれない、そんなロリータっぽさもあった。そしてまた、そのうち、彼女のライターとして、漫画家としての活動も始まった。だいたいが、ご自身をテーマに書かれているが、いやはやなかなか大変だなあ、という感じ。ご自身の壮絶な半生の体験を綴られた文章も、事実と虚構がまじっているかもしれないが、ほとんどあるがまま、なんだろうと思われる。そのあるがまま、に生きて、表現している彼女がすごい。人間のうんこは、あるがまま、である。それゆえに彼女の作品は、うんこ、みたいなのだ。
ヴァニラ画廊を見つけたのは、散歩の途中で、偶然だった。あんまり画廊巡りをするいとまも無いような歳月が、ここ何年も続いていたが、近頃やっと、それでは行けないんじゃないかなあ、と思い直して、週に一、二回は休みもとって、散策や買い物もたまにはしている今日この頃というわけで、このエッセイも書き始める気持ちが出て来たのです。
で、その時、道ばたの立て看板で、ヴァニラ画廊の名前を見つけて、その名前に惹かれて、入ったようなものだ。このネーミングのセンスはいい。やられた! という感じ。とられちゃったなあ、という感じ。また、まもなく解体されてもおかしくないような古めかしいビルのたたずまいも、ヴァニラ画廊のスペースもいい。でも、画廊内に置いてある本が、タッシェンのものばかりなので、お里が知れるなあ、と思ったことでした。後に聞いた話では、銀座で、SMバーを経営している人がオーナーだとか。なるほど、それならそれで、他の画廊が出来ないことが出来そうで良いじゃないか。公認された芸術以前の、世間では、ゴミのように扱われるもの、外道のもの、アウト・サイダーなものが、ここで出来るのなら、それはすごく良いことだ。
その時は、室井亜砂二の展覧会で、それもよかったね。一緒に行った女の子も、哀犬って可愛いって言ってましたよ。
今回のヴァニラ画廊での展示が、多分彼女の初個展だと思われるが、わたしはかなり期待していたので、期待に比べて、ちょっと物足りなかったなあ、次回にもっと期待しよう。あるいは、以前は女流漫画家のアシスタントをやっていたらしい刹那紫乃さんや、徳井唯さんのような、すばらしい逸材も交えてのコラボレーション企画展なんかもどうでしょうか。卯月さんには更なる表現活動を期待したいが、くれぐれも、おからだ、みこころ、の健やかであることをお祈り申し上げます。
(卯月妙子の世界展は、2005年10月27日から11月12日まで、ヴァニラ画廊で催された)
|
|