◎第8回 I AM A BOUNTY HUNTER
タコちゃんと、ピカデリーに来るのも、きっとこれが最後にちがいない。そう思いつつ、始まりの時間がちょうど合って、たまたま見ることになったのが、ドミノだった。
今でもバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)なんて職業があるなんて、ちっとも知らなかった。う〜ん、アメリカは、やっぱり、野蛮だ。西部劇以来の賞金稼ぎが、まだ健在とは。そういえば、アメリカはアフガニスタンでもやっていたな、ビン・ラディンたちに高額の賞金をかけている。同じことを、アメリカ国内でも、やっていたわけだ。さすが、力こそが正義の国だ。
おそらく世界で最も平和ボケしていて、お気楽なのが、アメリカ軍によって無差別に殺戮されて占領された後の日本に生まれ育った日本人だろうが、そんな日本人の中にも、自ら志願して、外人部隊の兵隊さんになる職業軍人もいるが、アメリカで賞金稼ぎをやっている日本人だっているらしい。やはり、時には銃撃戦も乱闘も反撃も待ち伏せもあり、死ぬか生きるかの瀬戸際の仕事のようである。なんだってまた、かれらはそんな仕事を選ぶんだろうね。
この映画の主人公は、同時代の実在の人物だった。ロンドンの有名な役者だった父親とトップ・モデルだった母親は、しばしば世界中のグラビア雑誌の表紙を飾る存在だった。でも父親が死ぬと、母親は新しい恋人(つまり裕福な庇護者のことだろう)を探して、ハリウッドに移住した。ドミノは、自分を取り巻く生活環境に馴染めなかったようだ。学校も、同級生たちも、愚劣としか思えなかった。
彼女も15歳にしてトップ・モデルとして活躍していたが、同じモデルやカメラマンたちと衝突してばかりだったという。おそらく無垢であるが故の、不器用。愛が満たされないが故の、反抗。人生の意味が見出せない故の、不安。そんな要素ばかりが、彼女という人間を作っていたのだろうか。
とにかく、彼女にとって落ち着ける居場所も無かったし、何をしたら良いのかも解っていなかったようだ。
だから、彼女にとって、バウンティ・ハンターとは、身過ぎ世過ぎのための職業ではなかった。消去法的に残った最後の選択で、彼女にとっては死なないでいて、ただ生きのびるためだけの行為だったのではなかっただろうか。
死の誘惑が、彼女には絶えずつきまとっていたにちがいない。生きている限り彼女は、不安と絶望に苛まれ続けていたのだから。だから、しらふではいられず、ドラッグが必要だった。
だいたい、僕たちだって、なんでこんなにも、のほほんと、生きていられるのだろう。人生には何の意味だってないし、僕たちは他の動物たちと同じように、お腹がすいたら何かを食べて、眠たくなったら、眠る。生きるということは、ただ、それだけのことである。ぼくたちは今、生きているから、そのまま生きているだけのことで、生きることは、生きている限り、死ぬことよりも、意志は必要ではない。けれども、人間の意志に関わり無く、死は突然やってくる。そのあとは何も無い。無だ。
伝説など、死んだあとのことなどどうでも良かったことだろう。彼女は生きているうちに何か生きる手応えが欲しかったのだろう。多分それは叶えられないまま、彼女は死んだ。2005年6月27日、ドラッグの過剰摂取で、彼女は死んだという。
映画を見終わって、タコちゃんは、つまらなかった、という。僕は、観ている最中は退屈しなかったので、それなりにおもしろかったのだ。その映像のスタイルも、アメリカン・コミック的ではなく日本の劇画的で、荒々しくスピーディーに、絶えず動いていて、よりドラマチックな気分をあおるようで、この映画にはふさわしかった。そして、ドミノの母親役のジャクリーヌ・ヴィセットがはまり役だったなあ。
それにしても、この地上で、幸福とはいったいどんな状態のことなんだろう。
[監督=トニー・スコット
ドミノ=キーラ・ナイトレイ
エド=ミッキー・ローク]
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